相続放棄申述の審理の方法・・・
相続放棄申述書自体によって、その申述が本人の真意に基づくことが認められれば、必ずしも常に本人の審問等を行なう必要はないとされます。
実務でも、真意の確認は、本人審問が望ましい方法とされますが、調査官による事実の調査方法、申述人に対して照会書を送付し回答を求める方法、遠隔地の場合には調査嘱託の方法等事案に応じて真意の確認に適した方法が採用されています。
被相続人の甲は平成2年7月28日に死亡し、抗告人の父乙は相続人となったが、その相続の承認・放棄をしないまま平成4年11月9日に死亡したので、抗告人が再転相続人として平成5年4月2日に甲の相続放棄を申述したが、抗告人は、原審裁判所の照会に対して、自己のために相続が開始したことを知った日を「平成4年12月28日」と回答したので申述は却下され、その抗告審における抗告人の主張が「自分は甲のことはほとんど知らないで育った、同人の死後、その相続問題の話題に接したこともない、平成5年3月24日に実家の兄嫁から、甲の借金のことで亡き乙が訴えを起こされたこと、乙の兄弟や子供らが相続放棄をする旨、説明があったので手続を一任したこと、原審裁判所の照会に前記のように回答したのは、実家が乙宛の訴状を受け取ったのがその頃と聞いていたので、その日を書いたこと、自分が甲の相続人になったことを理解したのは抗告代理人と相談した平成5年4月21日頃のことである」というものである場合、抗告人は前記回答書に「平成5年4月21日頃」と記入すべきところを「平成4年12月28日」と記入したと考える余地があり、この点の事実の如何によっては原判断と結論を異にする可能性があると認められるところ、抗告人の主張事実の存否については更に審理を尽くす必要があるとして、原審判を取消して差し戻した事例があります。
相続人が適法に相続放棄の申述をしたが、その申述が受理される前に申述書の提出者が死亡したときは当該審判手続は当然終了するとした事例はありますが、申述書の申述受理前で相続開始のあったことを知った時から3ヶ月を経過した後に死亡した場合には、受継をまって、申述の受否を決するのが相当であるとされています。
家事審判規則第十五条 申立人が死亡、資格の喪失その他の事由によつて手続を続行することができない場合には、法令によりその申立をする資格のある者は、手続の受継を申し立てることができる。
2 家庭裁判所は、前項の場合において必要があると認めるときは、その申立をする資格のある者に手続を受継させることができる。
相続人は、家庭裁判所の受理審判以前又は却下審判の確定前に相続放棄の申述の取下げをすることができます。
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相続放棄申述の審判・・・
家庭裁判所は、相続放棄の申述を受理するときは、申述書にその旨を記載し、家事審判官がこれに署名又は記名して押印しなければなりません。
相続放棄の申述の受理は、審判であっても、適式な申述がなされたことを公証するものであるから、申述の受理に家事審判官の押印のみがあってその署名又は記名を欠くことは妥当ではないにしても、受理を当然に無効とするものではなく、申述が申述者の真意に基づき敵式になされたものである限り、その実体上の効力を妨げるものでないとされます。
相続放棄の申述の受理は、事実証明の行為にすぎず、申述受理によって放棄の効力発生が確定するわけではありません。
放棄の効力は、放棄の効果を前提とする法律関係を訴訟の目的とする訴訟で裁判所が前提問題として審理し、判定します。
相続放棄の申述の受理は告知の必要がないとされています。
直ちに受理の証明を求めてこない者に対しては受理の通知がされています。
相続放棄の申述を受理する審判に対して不服申立を認める規定はありません。
したがって、受理の審判に対して即時抗告をすることはできません。
相続放棄の申述受理後、申述者はその申述書の偽造を理由として申述受理の審判取消の申立をすることはできません。
民法919条1項に照らし1度受理された相続放棄の撤回は許されません。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
民法第919条 相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第1編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする。
4 第2項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
相続放棄をした相続人が遺産分割調停に利害関係人として参加して相続人から贈与により農地を取得した場合、権利の移転につき県知事の許可の要否について、原審は実質的には相続放棄を撤回して遺産分割により権利を取得した場合と変らないとして不要と解しましたが、上告審は一度受理された相続放棄の撤回は許されないこと、家事調停による農地の移転と農事調停による場合と同視できず、農地法による遺産分割による場合に当たらないとして原判決を破棄して差し戻しました。
申述人は、家庭裁判所の書記官に対して、相続放棄申述受理証明書の交付を求めることができます。
また、相続債権者等の事件の関係人は、家庭裁判所が相当である認めたとき、書記官から相続放棄申述受理証明書の交付を受けることができます。
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相続放棄の無効 ・・・
相続放棄の申述が家庭裁判所で受理された場合でも、相続放棄に法律上の無効原因があるときは、後日、訴訟でその主張をすることができます。
相続放棄の無効確認の訴えは不適法であり、相続放棄の無効は、具体的な権利又は法律関係の存在若しくは不存在の確認を求める訴えでその主張をします。
債権者の場合は、例えば相続放棄を被告とする貸し金請求訴訟で主張します。
民法921条1号により相続を単純承認したとみなされるともはや相続放棄をすることはできませんから、たとえ適法の期間内に放棄の申述が受理されたとしてもその効力を生ずるものではないとされます。
(法定単純承認)
民法第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1.相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
2.相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
3.相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
熟慮期間経過後にされた相続放棄はたとえその申述が家庭裁判所で受理されたとしても無効です。
相続放棄の性質は私法上の財産法上の法律行為であるため当然民法95条の規定の適用があります。
(錯誤)
民法第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
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相続放棄の錯誤無効・・・
相続を放棄した相続人の相続財産法人、会社、会社代表らに対する相続放棄無効を理由とする株主権確認請求に対して、
①相続人らは債務超過を理由に相続を放棄したが、実際には一般債権者からの借金はなく、株主の権利行使も誤った情報を誤信したもので相続放棄の申述には、要素の錯誤がある、
②動機は家裁に表明されていたり、放棄により影響を受ける会社らに黙示的に表明されている、
③法律的素養のない相続人の誤信には重大な落ち度はない、
④錯誤の原因を作ったのは会社側であること、
その他の事情から相続放棄無効の主張は権利の濫用とはいえないとして、請求を認めた事例があります。
(錯誤)
民法第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
本件相続放棄当時の相続人法定代理人母の内心の意思は、被相続人甲の遺産としてはローン残債務1000万円のある被相続人の居住建物とその敷地以外にみるべき積極財産はなく、本件損害賠償債権が相続対象となる認識がなく、3000万円に及ぶ多額の債務を子らが支払わなければならないから、その相続を放棄するというものであったが、実際には、それほど多額の債務は存在せず、また、多額の本件損害賠償債権があったのであるから、右内心の意思と申述との間に錯誤があり、その不一致は重要な部分にあるとして相続放棄は要素の錯誤により無効であるとした事例があります。
不動産以外に財産がないと信じて相続放棄をしたが、それ以外に相当の財産があることが判明したとして、要素の錯誤を理由とする相続放棄不申述無効確認請求に対して、相続放棄の取消については民法919条に規定があるに錯誤の場合には何の規定もないことを考えると、身分上の行為に錯誤のあった場合については身分関係の本質に鑑み、専らその表意者にその行為をなす意思があったか否かにより決すべきであり、民法95条の適用があることを前提として相続放棄の無効を主張することはできないとしました。
そして、原告らは相続放棄の何であるかを知ってこの行為をしたことは否定できず、その意思がなかったとは認められないとして、請求を棄却した事例があります。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
民法第919条 相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第1編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする。
4 第2項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
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