遺産分割協議の無効・・・
家庭裁判所は遺産分割の審判申立において遺産分割協議に有効・無効を判断する権限を有するから、この点を審理して、もし有効と判断するときは申立を不適法として却下し、もし無効と判断するときは改めて分割の審判をすべきであるとされています。
共同相続人甲の配偶者乙の分割案の呈示及びこれを他の共同相続人らに選択させて同意書を作成させた行為は、被告らの委任の趣旨に反し、信義に反する行為といってよいこと、被告らがその分割に不満を持ち、異議を述べたのは当然であり、甲、乙にとっても予想できたこと、このような遺産分割協議は一見意思表示が合致した形をとっているが、協議というに値しない不公平なものであり、信義に反して作成されたものとして遺産分割としての効力を有しないとして遺産分割協議に基づく所有権移転登記手続きを棄却した事例があります。
相続人甲は、公正証書遺言によって遺産分割をするよりも本件遺産分割協議書のほうが有利であるとの相続人乙の説明を誤信して右協議書に署名押印したが、協議書に記載された遺産の価額は約16億円で、そのうち遺言書に記載されない遺産額は約7億円であり、甲はその4分の1取得できるはずであり、このことを知っていれば当然署名しなかった。
また、直ちに遺産分割協議を成立させなければ莫大な罰金を課せられるとの乙の説明を信じて右協議書に署名押印したが、相続税は申告期限までに税務署に申告し、納税すれば延滞税や無申告加算税を課されることはないのであり、このことを知っていれば当然署名しなかったものであるからこの点においても錯誤があるとして遺産分割協議の無効を主張しました。
裁判所は、甲の取得額は遺言によった場合は、約460万円、本件協議書によった場合は、約4200万円であり、甲はいかなる手段に訴えてもこの協議書案を上回る額の遺産を取得することは不可能と信じて、本件分割協議に応じたものというべきであるから、甲にはこの点に錯誤があり、甲の錯誤は動機の錯誤ではあるが、本件錯誤に係る甲の動機は相続人乙の説得内容そのものであるから、甲の右動機は当然乙らに表示されていると認め、甲が民法903条所定の相続分に従った分割を希望すれば、本件遺産分割協議の内容よりもはるかに多額の遺産を取得できる可能性があることを知っていた場合、通常人であれば本件遺産分割協議に応じることはないと解されるから、甲の錯誤は本件遺産分割協議成立に向けた意思表示の要素の錯誤というべきであり、甲の錯誤によって成立した本件遺産分割協議は民法95条により無効としました。
(特別受益者の相続分)
民法第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。
(錯誤)
民法第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
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相続開始前の遺産分割協議・・・
相続開始前の遺産分割協議は効力がないとされています。
原告と被告は共に甲の相続人であり他に相続人はないが、甲の生前、両者は、
①甲が死亡した場合には、その遺産のうちから原告は7000万円を、被告はその残余をそれぞれ相続する。
②被告は原告に対し、甲の相続開始の時より6ヶ月以内に右金員を支払う。
などの契約を締結し、相続開始後、原告は被告に対して右約定金の支払を求めた事案で、遺産分割は、共同相続した遺産を各相続人に分配するものであり、相続人及び遺産の範囲は、相続の開始によって初めて確定するものであるから、その協議についても相続の開始後における各相続人の合意によって成立したものでなければ、その効力を生じないというべきであるが、相続開始後、新たに同一内容の遺産分割協議をすることが許されないものでないことは明らかであり、相続開始後、各相続人がこれを追認したときは、新たな分割協議と何ら変わるところはないからこれによって効力を生じることになるというべきであり、本件では、原告の代理人弁護士は相続開始後、被告に対し、右金員を最優先して支払を催告し、被告はその代理人弁護士と連名で、原告に対し、右金員を最優先して支払う旨の念書を差し入れており、これによれば原告と被告は相続開始後、本件契約を追認したとして、約定金の支払を命じた事例があります。
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遺産分割協議の取消し・・・
AはBCと共同相続した不動産の持分3分の1を担保とし、かつA自身連帯保証人となって甲からAが役員をしている会社の運転資金として融資を受けたが、他に何ら資産がないのに前記不動産を共同相続人Bの単独名義とすることは、これを遺産分割協議とみてもAはその持分を無償譲渡したものとみることができ、共同相続人BはA経営会社の倒産、Aの地位、債務負担を知り、B単独名義の登記をすることにより債権者である甲を害することを知って右持分の譲渡を受けたものであり、民法424条により右遺産分割協議は取消しを免れないとした事例があります。
(詐害行為取消権)
民法第424条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。
遺産分割協議の性質は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産の全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる財産権を目的とする法律行為であり、詐害行為取消権に対象となるところ、
①被相続人甲は本件建物を所有し、妻乙、子丁、戊と居住していたが、甲は死亡し、丁、戊は婚姻したので、乙だけが本件建物に居住していること
②被上告人は連帯債務者A、Bに200万円を貸し渡し、乙はこの債務を連帯保証したこと
③A、Bが債務の支払いを遅滞して期限の利益が失われたので、被上告人は乙に対して連帯保証債務の履行及び本件建物につき相続を原因とする所有権移転登記手続きをするよう求めたこと
④乙、丁、 戊は、本件建物につき乙はその持分を取得しないものとし、丁、戊が持分の2分の1ずつの割合で所有権を取得する旨の遺産分割協議を成立させ、同日、その旨の所有権移転登記を経由したこと
⑤乙は被上告人の従業員に連帯保証債務を分割して長期間にわたって履行する旨を述べていたのにもかかわらず、自己破産の申立をしたこと
これらの事実関係の下で、被上告人は本件遺産分割協議を詐害行為として取消すことができるとした原審の判断は正当として是認できとした事例があります。
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相続税申告書の提出義務・・・
相続税法は、相続又は遺贈によって被相続人から財産を取得したすべての者の相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除を超える場合で、その者の相続税の課税価格に係る相続税額があるときに、相続等によって財産を取得した者に対し、申告書の提出義務を課しています。
相続開始前3年以内に被相続人から贈与により財産を取得した相続人については、相続税の課税価格に当該贈与により取得した財産の価格を加算した額が相続税の課税価格とみなされます。
被相続人にかかる相続税に関し、被相続人から米国に居住する相続人の1人に送金された金額を相続税の課税価格に算入した申告は誤りであったとする相続人らの更正請求に対して、税務署長の更正処分をすべき理由がない旨の通知処分の取消請求事件で、送金に先立ち、被相続人と当該相続人との間に贈与契約の成立が認められ、本件送金はその契約の履行のためにされたものと認め、相続税の課税価格に算入できるとして請求が棄却された事例があります。
更正請求とは、税額を過大に申告してしまった場合に、税額を修正するために行う手続きのこと。
更正請求の手続きは、定められた申告期限から1年以内に限り行うことができる。
ただし、確定申告などの手続きをしていない場合には、5年間遡って更正の請求をすることが出来きる。
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