強制執行中の限定承認・・・
民事執行法による強制執行手続が進行中に相続人が限定承認した場合、民事執行法と民法927条以下に定める配当弁済手続がいかなる関係に立つのかを直接定めた規定はありませんが、次の判例があります。
(相続債権者及び受遺者に対する公告及び催告)
民法第927条 限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者をいう。以下同じ。)及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、2箇月を下ることができない。
2 前項の規定による公告には、相続債権者及び受遺者がその期間内に申出をしないときは弁済から除斥されるべき旨を付記しなければならない。ただし、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者を除斥することができない。
3 限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければならない。
4 第1項の規定による公告は、官報に掲載してする。
(公告期間満了前の弁済の拒絶)
民法第928条 限定承認者は、前条第1項の期間の満了前には、相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができる。
①限定承認者の弁済拒絶権に関しては、相続債権者がその債権について確定判決その他の債務名義を有する場合には、相続財産に対し強制執行手続を開始できること、相続人が限定承認をし、しかも、民法927条の申出期間中であることを証明した文書を提出したときは、執行機関は、右申出期間満了に至るまでは執行手続を停止しなければならないが、右期間を経過した後は、限定承認者から請求異議訴訟等の提起に伴う執行手続の停止がない限り強制執行手続を続行して差し支えないと解されていること
②この場合、限定承認者が限定承認による清算手続きを実行するためには、民事執行の手続の中で、その旨を主張して請求異議の訴え等を提起し、先行事件の執行停止の手続をとり、その間に民法929条の定めに従い、相続財産と相続債務との割合に応じて減額された配当額を定め、これを請求異議訴訟に反映させるべきであること
(公告期間満了後の弁済)
民法第929条 第927条第1項の期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできない。
③そうでなくて、先行事件による手続が行なわれる場合には、債務名義を有する一般債権者に対する配当が許されることになること
④この結果は、民法929条以下の規定に反することになるが、これは、法が両者の調整を図っていないことなどからみて、止むを得ないことと解され、したがって、この場合、限定承認者が民法に規定に従って弁済したことを前提とする民法934条を適用する余地はないこと
(不当な弁済をした限定承認者の責任等)
民法第934条 限定承認者は、第927条の公告若しくは催告をすることを怠り、又は同条第1項の期間内に相続債権者若しくは受遺者に弁済をしたことによって他の相続債権者若しくは受遺者に弁済をすることができなくなったときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。第929条から第931条までの規定に違反して弁済をしたときも、同様とする。
2 前項の規定は、情を知って不当に弁済を受けた相続債権者又は受遺者に対する他の債権者又は受遺者の求償を妨げない。
3 第724条の規定は、前2項の場合について準用する。
⑤この法理は、民事執行手続が終了した後にも妥当するというべきであるから、民事執行手続が終了した後、右執行停止手続をとらなかった限定承認者が、債務名義を有し、右手続に従って配当を受けた一般債権者に対し、限定承認を理由に配当額の返還を請求することは許されないと解すべきとされています。
抵当権者などの優先弁済を受けることのできる債権者は、右期間内であっても競売を申立て、弁済を受けることができます。
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限定承認後の強制執行・・・
相続人の清算手続によらずに強制執行により相続債務の弁済を得ることが行なわれています。
相続人が限定承認した場合にも、被相続人に対する債務名義に基づき相続財産に対する債権の差押ならびに転付命令をすることができるとした事例があります。
券面額のある債権を差し押さえた債権者は、執行裁判所に対し、転付命令の申立てをすることができます。
転付命令は券面額のある債権に限られますので、期限未到来の債権や条件付債権について転付命令を得ることはできません。
転付命令が発せられると、債務者の被差押債権は券面額で差押債権者に移転し、債権額に応じた按分配当ではなく、被差押債権から独占的に弁済を受けることができます。
その代わり、「券面額で」移転するため、200万円の債権であれば、実際には第三債務者の無資力のため20万円しか回収できなかったとしても、200万円の弁済を受けたものとして扱われます。
そのため、第三債務者の資力に不安のない銀行預金や法務局供託金に対して転付命令が申し立てられることが多いようです。
死因贈与を原因とする始期付所有権移転仮登記後、被相続人死亡により相続人が限定承認をし、受贈者(相続人)が仮登記の本登記をした場合、死因贈与には遺贈の規定が準用されている上、死因贈与と遺贈とを別異に考えるべき合理的理由はないから相続人が死因贈与を受けた財産は相続によって得た財産に含まれ、死因受贈者は相続債権者に弁済がされた後でなければ受贈を得られないとし、相続人が限定承認をしても相続債権者は相続人が死因贈与を受けた不動産に対して「被相続人の相続財産の限定内において」強制執行できる旨の執行文によって強制執行をすることができます。
(解除権の不可分性)
民法第544条 当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は、その全員から又はその全員に対してのみ、することができる。
2 前項の場合において、解除権が当事者のうちの一人について消滅したときは、他の者についても消滅する。
(限定承認)
民法第922条 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
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相続債権者の相殺 ・・・
被相続人AはB会社の代表取締役のところ、B会社はC銀行から融資を受け、Aはこれを連帯保証しC銀行に定期預金した。
Aが死亡し、その相続人が限定承認した後、C銀行が行なった貸金債権を自動債権、定期預金を受動債権とする相殺が争われた事案において、限定承認された相続財産である預金債権を受動債権とする貸金債権による相殺は、同債権が限定承認の申述前に取得され、債権債務に対立関係が生じていたものである場合には、限定承認の申述受理後であっても相殺適状に達した後にあっては、その対当額において相殺することができるとした事例があります。
相殺とは、相手に対して同種の債権をもっている場合に、双方の債務を対当額だけ消滅させることをいいいます。
相殺は当事者どちらかの一方的な意思表示によって行うことができ、その効果は相殺適状の時にさかのぼって生じます。
相殺する側の債権を自動債権、相殺される側の債権を受動債権といいます。
(相殺の要件等)
民法第505条 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。
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限定承認の公告・催告期間満了後の弁済・・・
限定承認者(管理人)は、右公告・催告期間の満了後に、各相続債権者に、その債権額の割合に応じて弁済をします。
ただし、優先権を有する債権者の権利を害することができません。
(公告期間満了後の弁済)
民法第929条 第927条第1項の期間が満了した後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に同項の申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれその債権額の割合に応じて弁済をしなければならない。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできない。
(相続人が数人ある場合の相続財産の管理人)
民法第936条 相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、相続人の中から、相続財産の管理人を選任しなければならない。
2 前項の相続財産の管理人は、相続人のために、これに代わって、相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をする。
3 第926条から前条までの規定は、第1項の相続財産の管理人について準用する。この場合において、第927条第1項中「限定承認をした後5日以内」とあるのは、「その相続財産の管理人の選任があった後10日以内」と読み替えるものとする。
この「優先権を有する債権者の権利」に当たるというためには、対抗要件を必要とする権利については、被相続人の死亡の時まで対抗要件を具備していることを要し、相続債権者は、被相続人から生前に抵当権の設定を受けていても、被相続人死亡の時点で設定登記がされていなければ、被相続人の死亡前にされた抵当権設定の仮登記に基づいて被相続人の死亡後に本登記がされた場合を除き、他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権に基づく優先権を対抗することができません。
①まず、先取特権・質権・抵当権・留置権者に、目的財産より優先順位に従って弁済し
②次に、期間内に申し出た債権者及び知れたる債権者に配当弁済し
③残余財産があるときは、申出受遺者、知れたる受遺者に配当弁済し
(受遺者に対する弁済)
民法第931条 限定承認者は、前2条の規定によって各相続債権者に弁済をした後でなければ、受遺者に弁済をすることができない。
④なお残余財産があるときは、期間内に申出のなかった債権者・受遺者に対して配当弁済します。
しかし、相続財産に対して特別担保を有する者は、その価格の限度で優先弁済を受けることができ、すでに弁済を受けた②及び③の債権者・受遺者に求償することができます。
(公告期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者)
民法第935条 第927条第1項の期間内に同項の申出をしなかった相続債権者及び受遺者で限定承認者に知れなかったものは、残余財産についてのみその権利を行使することができる。ただし、相続財産について特別担保を有する者は、この限りでない。
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