遺言執行者と遺産分割協議成立の抗弁・・・

遺言執行者と遺産分割協議成立の抗弁・・・

遺言者甲は、次の自筆証書遺言を残して死亡しました。

相続人は乙、丙、丁の子で、受遺者戊は丁の妻です。

①甲は、丁に対し、本件土地1のうち持分2分の1及び本件土地2の所有権を相続させる。

②甲は、戊に対し、本件土地1のうち持分2分の1を遺贈する。

③甲は、丁を遺言執行者に指定する。

乙、丙、丁は、本件土地1,2について、持分各3分の1ずつ相続登記をしました。

その後、遺言執行者丁は、乙、丙、丁を被告として前記遺言内容を実現するために右相続登記の抹消登記手続きを求める訴えを提起しました。

乙、丙は、右訴訟で抗弁として遺産分割協議成立を主張しましたが、裁判所は、この点は、本件遺言は、甲の死亡により直ちにその効力を生じて、本件土地は丁、戊に帰属すべき部分が定められているところであり、相続人間の遺産分割協議を要する部分を残していないところ、遺言執行者としては、被相続人の意思に従って右権利関係の実現に務めるべきであり、相続人間でこれに反する合意をして、遺言内容の実現を妨げるときは、これを排除するのが任務であり、したがって、相続人間の遺産分割が贈与契約ないし交換契約等として、遺言内容の事後的な変更処分の意味でその効力を保持する場合が存するとしても、その合意の存在をもって、遺言執行者の主張としては失当であるとしました。

また、相続人間の遺言内容を変更する合意については、一応の合意に達したことは認められるが、それ自体いまだ一応の方針に過ぎないうえ、他の相続関連問題の解決がなされるのでなければ、到底最終的合意の至る見込みを有していないのであり、乙、丙主張のように遺産分割協議は成立したとは認めることができないとしました。

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遺産分割後の相続放棄・・・

一部の相続人に遺産の全部を取得させる旨の遺産分割協議がされた後、予期に反して多額の相続債務があったとして、他の相続人からなされた相続放棄申述を却下した審判に対して、抗告審裁判所が、分割協議が錯誤により無効となり、ひいては単純承認の効果も発生しないと見る余地があるとして、本件熟慮期間は被相続人の死亡を知った日ではなく、相続債権者の請求を受けた日から起算して、前記相続債務の有無、相続債務についての抗告人らの認識、遺産分割協議の際の相続人の話し合いの内容など諸般の事情につき、更に事実調査を遂げたうえで本件申述を受理するか否かを判断すべきであるとして、原審判を取消した事例があります。

また、申述人が遺産分割協議を作成したのは、本件遺言において当然に相続人甲へ相続させることとすべき不動産の表示が脱落していたため、本件遺言の趣旨に沿ってこれを相続人甲に相続させるためにしたものであり、自らが相続しえることを前提に相続人甲に相続させる趣旨で作成したものではないと認められるから、これをもって単純承認したものとみなすことは相当ではないなどとして、相続放棄申述を却下した原審判を取消した事例があります。

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
民法第915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、w:家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

(法定単純承認)
民法第921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条 に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二  相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

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遺産の一部分割・・・

遺産分割は、分割基準が定められているので、遺産全てを総合的な立場で一度に分割が終了するのが原則と考えられますが、一部分割も遺産の管理費用の支弁、相続債務の弁済などその必要性のあるとき認められています。

(遺産の分割の基準)
民法第906条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

しかし、共同相続人の合意があれば、上記の場合に限ることなく一部分割をすることができると解します。

遺産の分割協議においては一部分割が許されること、その場合、残余の遺産については、あらためて追加的に分割すればよいこと、一部分割協議の際、共同相続人の1人が遺言の存在を知らなかったので一部分割当時遺産の範囲に錯誤があっても、その錯誤が遺産たるべきものを分割の対象に組み入れなかった点に存するときは、後日の分割に著しい支障を及ぼすなど特段の事情がない限り、要素の錯誤にあたらず一部分割の無効をきたすものではないとした事例があります。

また、遺産分割審判の手続き中に一部分割の調停を成立させ、残余遺産につき分割審判をした事例があります。

一部分割の協議を成立させる場合の留意点は次になります。

①後に行なわれる分割において、当事者の実情に則した配分が可能か、代償金等の支払い能力の乏しい相続人に遺産を現物取得させる結果とならないか、持ち戻し計算をして衡平な分割が可能かなどを留意します。

②一部分割と後に行われる分割との関連性を別個独立したものとして取り扱うのか、後に行なわれる分割の時に一部分割の遺産を現存するものとして取り扱うのかなどに留意します。

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遺言による遺産分割・・・

被相続人が遺言で、分割の方法を定め、又はこれを定めることを第三者に委託したときは、この遺言に従って行ないます。

(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
民法第908条 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。

特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなど特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに当該相続人に相続により承継されますから、その遺産は遺産分割の対象とされないことになります。

遺言者が自筆証書遺言に図面等を用いた場合であっても、図面等の上に自筆の添え書きや指示文言等を付言し、あるいは自筆証書との一体性を明らかにする方法を講じることにより、自筆性はなお保たれ得るものと解されるとして、第三者作成の耕地図を利用して作成された遺言書が自筆証書遺言としての方式を欠くことを前提に遺産分割の審判をした原審判を取消して差し戻した事例があります。

被相続人の遺言で取得分はないとされた相続人を除くその余りの相続人全員が、遺言の解釈及び遺産全部をその解釈に基づいて遺産分割手続き中で分割することに合意している場合には、既に遺言中で取得者が定められている物件についても遺産分割の対象とすることができ、また、相続人の一部の者がした遺留分減殺請求によって取り戻された遺産を含めて分割することに合意している場合には、その合意に沿って審判することが許されると事例があります。

法定相続分の額を下回る価額の特定物の遺産を「相続させる」旨の遺言は、相続分の指定を伴うものではなく、当該特定の遺産を取得した相続人は、法定相続分の額に満つるまで他の遺産を取得することができると解した事例があります。

「相続させる」遺言で指定された遺言執行者は、遺言の執行としてその対象不動産につき相続を原因とする所有権移転登記手続きを行なうことができず、対象不動産に関して権利義務を有しないとされます。

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