遺産の全容不明の場合の相続税申告・・・
相続人が遺産の全容を把握するまでに申告書の提出義務が発生しないとか全容が把握できない場合、この義務を免除すると定めた規程はなく、また、前記申告書の提出義務を定めた条項の解釈としても、納税者による相続財産の全容の把握という不確実かつ主観的な事情によって申告書の提出義務の発生又は消滅をもたらすような解釈をとることは相当ではないとして、共同相続人の非協力により遺産の全内容が判明しなかったため、法定期限内に相続税申告をしなかった相続人に課された無申告加算税の賦課処分取消請求を認めなかった事例があります。
相続税の申告書には、課税価格その他の事項を記載しなければならないから、適正な相続税の申告のためには、相続財産の全容を正確に把握している必要があり、納税義務者はその把握にために努力すべきことはいうまでもないが、申告後に相続税額に不足を生じたり過大になったりするような事態が判明した場合には修正申告又は更正請求をすることができるものとされていることからすると、相当な努力を払ったにもかかわらず法定申告期限までに相続財産の全容が把握できない場合に、とりあえず判明している相続財産の範囲内で相続税の申告をすることが禁止されているわけではなく、かえって、相続財産の全容が判明しない場合であっても、判明している範囲で相続税の申告をすることこそが予定されていると解するのが相当であるとされています。
そして、このことは、納税者に判明し得た相続財産の価額が控除額を超える場合であれば、その判明し得た相続財産が相続財産全体のどれぐらいの割合を占めるかにかかわらず、基本的に妥当するというべきであるとされます。
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遺産の全容不明の場合の相続税申告判例・・・
被相続人の死亡によって、相続が開始すると同時に相続財産に関する権利義務の一切が、相続人の知、不知又は事実的占有取得の有無を問わず、当然かつ包括的に相続人に移転承継されるという実体的効果を生じ、相続人は確定的に相続権を取得すること、このことは、共同相続人間において相続関係について紛争を生じ、これに関して訴訟や遺産分割等の調停が係属していたとしても、当該相続人が相続を放棄しない限り右実体的効果に影響はないこと、共同相続人間に相続関係についての紛争がある場合には申告期限までに各相続人が現実に取得する財産が確定することができない事態を生じ得るが、相続財産の全部又は一部が未分割の場合には、一応各相続人が民法の規定による相続分に従って当該財産を取得したものと擬制して課税価格を計算することにし、その後に、これと異なる割合で当該財産の分割がされた場合には、これに基づいて更正の請求あるいは修正申告をすることができる旨を規定していること、このことは、共同相続人の一部の者に相続権があるかどうか、共同相続人への遺贈の可能性があるなどのために相続財産の範囲が問題になっている場合も同様であって、共同相続人の一部の者が未分割の財産はないと主張するため相続財産の全容が判明しなかったからといって相続税の申告義務を免れるわけではない。
そして、相続人甲が全ての相続財産を自分が相続したと主張していたとしていても、それと前記原告が主張する事情だけで、当然に未分割財産がないと信じるような状況あるということはできず、このことは結果として全ての相続財産が甲に遺贈されていたとしても同様であるし、法定申告期限内に当該財産が相続財産の範囲に含まれないことが明らかになっていたのであればともかく、法定申告期限後に相続財産でないことが判明したとしても、更正請求の原因とはなり得てもそもそも申告自体を免れる根拠になるものではない。
さらに、被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額が相続税の基礎控除を超え、かつ、その相続財産の取得者自身についても各種の控除後も相続税額がある場合には、その相続人は相続税の申告書を提出しなければならないのであるから、原告が申告期限前から存在を知っていたとされる被相続人の財産のうち土地のほぼ全てを甲が遺贈と生前贈与によって取得していたのだとしても、共同相続人の1人である甲が遺贈によって取得した財産も、当然に課税価格の合計額に算入して申告の要否が検討すべきものであるし、相続人が相続放棄をしない限り申告義務を免れることはできないのであるから、原告が知りえた財産が甲に遺贈されていたとしても相続税の申告をしないことが正当化されるものではない。
このような場合、判明し得る財産を全て未分割財産として申告したとすると、原告が実際は相続財産に含まれなかった土地についても一旦税金を負担することになるが、これらの財産が相続財産の範囲外であることが判明した時点で更正の請求をすることによって加重な税負担を免れることができるうえ、事情によっては延納の許可を受けることもできるのであるから、納税者に過大な負担を課すことになるわけでなく、相続税法の趣旨に反するわけでもない。
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無申告加算税の賦課・・・
法定期限内に申告さえしておけば、納税者は、少なくとも無申告加算税を賦課されることはないとされます。
無申告加算税の賦課を免れる「正当な理由」の意味については、相続税はいわゆる申告納税方式による国税であり、納税義務の確定を第一次的には納税者の自主的な申告に委ねる原則をとっていること、そして、納税者の自主的な申告に委ねた法の趣旨に反して、納税者が適正な申告をしない場合には、自主的な申告納税方式を維持するために、各種の加算税を課するものとしていること、しかし、納税者が適正な申告をしようとしてもそれをすることができないような場合には、適正な申告をしなかったとしても申告納税方式の制度が害されるおそれがないから納税者に不可能を強いることになり酷であるから、そのような場合に加算税を課さないものとしていること、加算税を課さない趣旨が以上のようなものであることからすると、加算税を課さない「正当な理由」とは、納税義務者の無申告加算税という行政上の制裁を課することを不当あるいは酷ならしめるような事情をいうものと解するのが相当であるとされます。
このような法の趣旨からすると、法の不知や課税範囲の誤認などの単なる申告義務者の主観的な事情はそれだけでここにいう「正当な理由」に当たらないとされます。
しかし、本件原告は、単に相続財産の内容を知らなかったために申告書を提出することができなかったことを「正当の理由」と主張しているのでなく、原告が共同相続人甲の種々の遺産隠しの行為や態度、さらには市役所、税務署などの不適切な対応等の客観的事情によって、相続財産の内容を知ることができない立場に至ったため、遺産の全部の内容を知ることができず、申告書を提出することもできなかったということを「正当な理由」として主張しているのであり、これらの主張を、単に原告の主観的な事情として排斥することはできず、原告が主張するこれらの事情が主観的なものであって「正当な理由」当たらないという税務署の主張は採用することはできないとされましたが、審理の結果「正当な理由」の存在は否定されました。
なお、無申告加算税は、納税者が法定期限内に申告書を提出しない場合に課されるものであり、「正当な理由」が存在すると認められる場合、例外的に無申告加算税を課さないとするための要件であるから、加算税の申告を免れようとする納税義務者の側にそれが存在することの主張立証責任があると解されています。
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過少申告加算税の賦課・・・
相続財産に属するか否かにつき争いがあるため、当初、その財産を相続税の申告書に記載しなかったが、後日、これを課税財産に加えた場合に過少申告加算税が課されることがあります。
この場合、過少申告に「正当な理由」があるときは、その額が課税額から控除されます。
相続財産に属する特定の財産を計算の基礎としない相続税の期限内申告書が提出された後に当該財産を計算の基礎とする修正申告書が提出された場合において、当該財産が相続財産に属さないか又は属する可能性が小さいことを客観的に裏付けるに足りる事実を認識して期限内申告書を提出したことを納税者が主張立証したときは、「正当な理由」があるものとされます。
また、申告までに判明していなかった相続財産が判明した場合には、それについて修正申告書を提出すれば、更正を予知しない修正申告として、過少申告加算税を課されることもないし、そうでなくても、申告した税額の計算の基礎とされなかった部分について、計算の基礎としなかったことに「正当な理由」があれば、やはり、過少申告加算税は賦課されないとされます。
このように止むを得ない理由によって財産の全容が判明しない場合、とりあえず判明している部分についてだけ相続税の申告をしておけば、これらの加算税を課せられるおそれはないのであり、他方、このような申告及び修正申告の手続を納税者に求めたとしても納税者に無理を強いるものではなく、何ら納税者に不当な負担を課すものということはできないとされます。
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