自筆証書遺言の「相続させる」旨・・・
特定の相続財産を特定の共同相続人に「相続させる」旨の遺言をした場合、この遺言の趣旨をどのように解するかについて、登記実務では、相続を原因として所有権移転登記を単独で申請できる取り扱いになっており、登録免許税も遺贈と比べて低額で済むなどの利点があります。
「相続させる」旨の遺言の効果について争いが起こり、訴訟になった場合、判例の多くは、その遺言を、原則として遺産分割方法の指定であって、指定された形の遺産共有関係が成立し、分割の協議又は審判によって指定された財産を取得することになると解しています。
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されるとの判断が示され、「相続させる」旨の遺言の解釈は統一されました。
スポンサードリンク
相続させる遺言と遺贈遺言・・・
不動産所有権の移転登記手続きにおいて、「遺贈」の場合は受遺者と遺言執行者又は全相続人が共同で申請しなければなりませんが、「相続させる」の場合は当該相続人が相続人が相続を登記原因として単独で申請することができます。
所有権移転登記申請の際に課される登録免許税の税率は、「遺贈」の場合は不動産価額の1000分の20、「相続させる」の場合は1000分の4です。
農地の取得について、「遺贈」の場合は都道府県知事の許可が必要ですし、その許可は一定面積以上の農地を耕作又は所有していないと得られませんが、「相続させる」の場合は都道府県知事の許可は必要ありませんから、農地を耕作又は所有していなくても取得することができます。
借地権・借家権の取得について、「遺贈」の場合は原則として賃貸人の承諾が必要ですが、「相続させる」の場合は必要ありません。
(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
民法第612条 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。
株式の取得について取締役会の承認を要する旨の定めがある場合、「遺贈」の場合はその承認が必要ですが、「相続させる」の場合は必要ないと解されています。
スポンサードリンク
自筆証書遺言の共同遺言の禁止 ・・・
2人以上の者が同一の証書で遺言をすることを共同遺言といいます。
例えば、夫婦が同じ遺言のなかで相互に遺贈しあう場合です。
共同遺言は、単独行為である遺言の本旨に反するばかりでなく、遺言の効力の発生時期などについて複雑な法律関係を生じさせたり、それぞれが自由に撤回できなくなったりして、真意が確保できなくなるおそれがでてくるため禁止されています。
(共同遺言の禁止)
民法第975条 遺言は、2人以上の者が同一の証書ですることができない。
(普通の方式による遺言の規定の準用)
民法第982条 第968条第2項及び第973条から第975条までの規定は、第976条から前条までの規定による遺言について準用する。
この共同遺言に当たる遺言は無効となります。
遺言書が甲1人によって作成されたものとしても右遺言書のうち乙の遺言部分のみを無効とし、甲の遺言部分を有効と解すべきものではなく、乙においてその死後甲から相続した財産を被告らに贈与するとの遺言がなされないとした場合、果たして甲がそれでも乙に対し全財産を贈与する旨の遺言をなしたか否かは極めて疑わしく、むしろ乙が被告らに遺産を贈与するとの遺言をなすが故に甲もまた乙に財産を相続せしめるとの遺言をしたと解されえるのであって、かかる場合のように一方の遺言が他方の遺言によって左右される可能性のある場合には共同遺言禁止の法意に照らし、自筆共同遺言書の作成がいずれによってなされた場合でも、民法975条の共同遺言に該当するものであるとして解し、被告の「遺言書は甲が単独で作成したものであるから甲の単独遺言として有効である」との主張を排斥して、遺言の全部が無効となるとした事例があります。
2人以上の者が自筆証書遺言をした場合、あるいは異なる人が別々に書いた2枚の遺言書が1通の封書に同封されている場合は、共同遺言ではありません。
本件遺言は、B5版の罫紙4枚を合したもので、各葉ごとの遺言者甲の印章による契印がされているが、その1枚目から3枚目までは、甲名義の遺言書の形式のものであり、4枚目は被上告人乙名義の遺言書の形式のものであって、両者は切り離すことができるというものである。
右事実関係において本件遺言は、民法975条によって禁止された共同遺言に当たらないとした原審の判断は、正当として是認できるとされています。
スポンサードリンク
自筆証書遺言の封筒と封印・・・
自筆証書遺言を封筒に入れて封印することは自筆証書遺言の法定要件ではありません。
遺言書の秘密保持及び偽造・変造・汚損のためには、遺言書を封筒に入れて密封し、遺言書に押印した印で封印しておくのは効果的です。
封筒には、遺言書であることを示す何らかの文言、例えば「遺言書在中」又は「遺言書」などと記載しておきます。
また、「この遺言書を相続開始後遅滞なく家庭裁判所に提出して検認を受けること」と付記します。
判例は、日付は必ずしも遺言書の本文に自書する必要はなく、遺言者が遺言の全文及び氏名を自書して印を押し、これを封筒に入れて、右の印をもって封印し、封筒に、日付を自書したような場合は、たとえその日付が数字をもって「26 3 19」と記載されたとしても、その日付をもって適式な自書と解しています。
また、遺言書と題する書面は三葉に分かれ、番号が付されていること(日付の記載はない)、右書面は家庭裁判所の検認に際しては、封筒に入れられ、封をしたまま提出されたこと、その封筒の表面には「遺言状」の記載、裏面には「昭和52年4月2日」及び遺言者の住所氏名の記載がいずれも毛筆によってされ、封じ目には毛筆で〆の字が記載されており、その他の認定事実によれば、本件遺言状三葉及び封筒は遺言者の遺言書としてすべて一体をなすものと認めるべきであり、右封筒上には遺言者によって「昭和52年4月2日」と日付が自書されているのであるから、本件遺言には、自筆証書遺言の方式として要求される日付の自書があるというべきであるとして、日付の記載を欠く方式違反の主張を認めなかった事例があります。
遺言書の署名下に押印はないが、遺言書の封筒に押印がある自筆証書遺言を、封筒は遺言書と一体であるとして有効と認めた事例があります。
自筆証書遺言に方式として遺言書の押印を要するとした趣旨は、遺言等の全文の自書とあいまって遺言書の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるというわが国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保するところにあると解されるから、押印を要する右趣旨を損なわない限り、押印の位置は必ずしも署名の名下であることを要しないとして、封筒の封じ目の押印は、これによって、直接的に本件遺言者を封筒中に確定させる意義を有するが、それは同時に本件遺言書を完結したことをも明らかにする意義を有しているものと解せられ、これによれば、右押印は、自筆証書遺言方式として遺言書に要求される押印の趣旨を損なうものではないから、本件遺言書は自筆証書遺言として有効であるとした事例があります。
封印のある遺言書は、家庭裁判所で相続人又はその代理人の立会いのうえで開封しなければなりません。
(遺言書の検認)
民法第1004条 遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。
家庭裁判所以外で開封した者は、5万円以下の過料に処せられます。
(過料)
民法第1005条 前条の規定によって遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、5万円以下の過料に処する。
スポンサードリンク