銀行による偽造手形の支払・・・

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銀行による偽造手形の支払・・・

最判昭和46年6月10日(損害賠償請求事件)
民集25巻4号492頁、判時634号3頁、判夕265号101頁

<事実の概要>

Xは、昭和35年4月7日、Y銀行との間で当座勘定取引契約を締結し、X振出しの手形につき、Xの計算において、XのY銀行甲支店に対する当座預金から支払うことを委託した。

当該契約に基づき、Yは、あらかじめX提出の印影と手形上の印影とを照合し、両者符合する場合には支払担当者としてXのため手形の支払をなす義務を負担することとなった。

なお、YからXに差し入れられた当座勘定取引約定書には、「手形小切手の印影で、届出の印鑑と符号すると認めて支払をなした上は、これによって生ずる損害につき銀行は一切その責に任じない」旨の免責約款が置かれている。

Yは、昭和35年9月10日ないし同年10月20日、振出日白地のもの3通を含むX振出名義にかかる約束手形5通につき、その記載の満期日にXの当座預金から支払をなした。

これらの手形は、いずれもXの義母がXの印章を偽造、押捺して作成し、振出したものであった。

当該印章については、専門家による顕微鏡等を用いた鑑定によれば、円の直径に微差がある等若干の相違が認められるほか、肉眼によっても、事後に注意して観察すると、Xの姓に含まれる「林」の字のつくりの右下方部分に差異が認められるものであった。

しかしYの担当係員が、各支払期日にXの届出印鑑と本件各手形上の印影とを平面照合した際には、手形の印影が届け出印鑑と相違していることを発見し得なかった。

Xは、Yが契約上の義務に違反して、Xに支払義務のない偽造手形につき、自ら提出した印影と照合すれば容易に偽造であることが判明するにもかかわらず、照合を怠り、かつ通常の注意義務を尽くさずに支払をなしたこと、また振出日の記載を欠く無効の手形に対して支払をなしたことを主張して、Yに対して債務不履行に基づく損害賠償請求を行なった。

第1審、原審ともXの請求を棄却したため、Xが上告。

(なお、主題との関係で、以下、提出日白地手形への支払に関する点は割愛する。)

<判決理由>破棄差戻し。

「おもうに、銀行が当座勘定取引契約によって委託されたところに従い、取引先の振出した手形支払事務を行なうにあたっては、委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもってこれを処理する義務を負うことは明らかである。

したがって、銀行が自店を支払場所とする手形について、真実取引先の振出した手形であるかどうかを確認するため、届出印鑑の印影と当該手形上の印影とを照合するにあたっては、特段の事情のない限り、折り重ねによる照合や拡大鏡等による照合をするまでの必要はなく、前記のような肉眼によるいわゆる平面照合の方法をもってすれば足りるにしても、金融機関としての銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に事を行なうことを要し、かかる事務に習熟している銀行員が右のごとき相当の注意を払って熟視するならば肉眼もっても発見しうるような印影の相違が看過されたときは、銀行側に過失の責任があるものというべく、偽造手形の支払による不利益を取引先に帰せしめることは許されないものといわなければならない。

このことは、・・・当座勘定取引契約に、「手形小切手の印影が、届出の印鑑と符合すると認めて支払をなした上は、これによって生ずる損害につき銀行は一切その責に任じない」旨のいわゆる免責約款が存する場合においても異なるところはなく、かかる免責約款は、銀行において必要な注意義務を尽くして照合にあたるべきことを前提とするものであって、右の注意義務を尽くして照合にあたるべきことを前提とするものであって、右の注意義務を尽くさなかったため銀行側に過失があるとされるときは、当該約款を援用することは許されない趣旨と解すべきである。

しかるに、原審は、右免責約款により、印鑑の照合についても本来の厳格な注意義務が軽減緩和され、銀行は、短時間内に多数の手形小切手の決済事務を処理する必要上、実際に行なっている程度の注意をもって照合をすれば足りるものとされるとの前提に立ち、本件手形上の印影と届出印鑑の印影との相違は、仔細に点検すれば肉眼によっても必ずしも発見しえなくはないものであることを認めながら、本件手形についての印影の照合が通常の場合に比してとくに粗雑に扱われたものでなかったと認められる以上、一字一字の字画につき入念に点検しなかったとしても、尽くすべき注意義務にかけるところはなかったものとしている。

しかし、右免責約款は、印影の照合にあたり必要な注意義務が尽くされるべきことを前提としているもので、右の義務を軽減緩和する趣旨と解すべきでないことは前叙のとおりであり、そして、ここにいわゆる必要な注意義務は、自己の財産の管理を銀行に委ねている取引先の信頼に沿うものとして、前示のごとく、銀行に対し社会通念上一般に期待されるところに相応するものでなければならない。

したがって、現に行なわれている銀行業務の実情が必ずしもそのまま是認されるものでないことは、原審もいわゆる記憶照合について正当に判示しているとおりであって、実際に平面照合が行なわれた場合においても、同じく叙上の観点から、尽くすべき注意義務が遵守されたかどうかが判断されなければならないのである。」

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手形の偽造と民法715条の使用者責任・・・

最判昭和36年6月9日(約束手形金請求事件)
民集15巻6号1546頁、判時267号45頁、金判529号92頁

<事実の概要>

Y組合は、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合であって、鋳造業を営む4会社を組合員としている。

Yは、事実上組合員をして商工組合中央金庫から金融を得させることのみを常務としていた。

書記Aは、Yの唯一の被用者であって、組合の取引関係、金融関係の事務、及び手形事務を担当し、理事長の記名印、印鑑等を保管していたが、取引関係なき第三者に対して、理事長名義の融通手形を独断専行して作成交付する権限は付与されていなかった。

B株式会社は、昭和28年7月17日頃、Aが無権限であるのを知りながら、融通手形の交付をAに懇請し、前記記名印、印鑑等を使用して作成されたY組合理事長名義の約束手形の交付を受けた。

当該手形の受取人Bは、これを善意無過失のX株式会社に裏書譲渡した。

Xは、主位的にYに対して手形金の請求をなすともに、予備的に民法715条により不法行為に基づく損害賠償請求を行なった。

原審は、Aの偽造につきBが悪意であることから、民法110条の適用を否定して手形金請求を認めず、また本件手形の作成交付につき、これがYの事業の執行についてなされたと見るには不十分であるとして、不法行為に基づく損害賠償請求も否定した。

Xは上告した。

<判決理由>破棄差戻し。

「民法715条に所謂「事業の執行に付き」とは、被用者の職務の執行行為其のものには属しないが、その行為の外形から観察して、被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであることは既に当裁判所の判例とするところである(昭和32年7月16日民刑連合部判決、民事判例集5巻796頁)。

すなわち、被用者が使用者の具体的な命令又は委任に基づかず、その地位を濫用して自己または第三者の利益を図ったような場合も、被用者の行為が何人の利益を図ったかということは外部からこれを認識することは難きを強いるものであるから、使用者、被用者欄のこれら主観的事情によって使用者責任を否定することは、同条の法意に反するものといわなければならない。

・・・本件被用者の行為は、本来の職務を逸脱したその地位を濫用し為されたものであるが、その行為は本来の職務と密接の関連を有し外形上本来の職務の執行と見られるから、YはXに対し、他に特段の事情のない限り、・・・使用者としての責任を負わなければならないと解するを相当とする。

ところで、使用者は、その被用者の選任、監督につき相当の注意を用い、被用者が職務上の地位を濫用して、職務上保管する理事長の記名印、印鑑等を不正に使用して他人に損害を及ぼすことなきよう常に監視警戒を怠らない責に任ずべきであるから、若しYがその注意を怠り被用者Aをしてその地位を濫用して本件の如き手形を発行させたものとすれば、Yはその責を辞するを得ないものといわざるを得ないのである。」

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無権代理人による裏書と善意取得・・・

最判昭和35年1月12日(約束手形金請求事件)
民集14巻1号1頁、判時212号32頁、金判529号67頁

<事実の概要>

本件約束手形は、A株式会社名古屋出張所取締役所長B(犬塚雅久)と自称する者が、Aを代理または代表する権限を有しないにもかかわらず、その権限を有する旨を自称して、Yから本件約束手形の振出交付を受け、それを善意のXに裏書・交付したものである(手形面上は、Y→A社名古屋出張所取締役所長B→X)。

原審では、次の事実が認定されている。

①本件約束手形の裏書は形式的に連続している。

②A社名古屋出張所取締役所長B(犬塚雅久)と自称する者が、昭和29年5、6月ころしばらくの間名古屋に滞在し、自称どおり記載をした名刺を使用し、同市昭和区丸屋町6丁目**番地C方に、A社名古屋出張所と書いた看板を掲げ、同人方の一室を事務所として石炭売買の仲介人等をしており、しかも取引の相手方等に対してAの本店は福岡市にある旨を述べていた。

③本件約束手形は、BがAを代理または代表する権限を有する旨自称して、Yから振出し交付を受け、それに裏書をしてXに交付したものである。

④Aは福岡市に本店を置いて石炭の売買等を営業としており、同会社には取締役の一員として犬塚勇という氏名の者がいたが、同人は目下所在不明である。

XがYに対し手形金支払を請求し、第1審・第2審ともX勝訴。

Yは、「Aは名古屋出張所を設けたことはなく、また同会社の取締役にはB(犬塚雅久)なる者も存在しない。

ゆえに、本件手形のA社名古屋出張所取締役所長B(犬塚雅久)なる裏書は、偽造または仮設人の署名か、あるいは無権代理人の署名であって無効である」と主張して上告した。

<判決理由>上告棄却。

「本件約束手形の裏書は形式的に連続しており、Xは裏書譲渡により善意でこれを取得し(Xの本件手形の取得に重大な過失のあったことについては主張も立証もない)現に所持しているのであるから、犬塚雅久と自称する者がAを代理または代表する権限を有しないに拘わらずその権限ある旨自称して、Yから本件手形の振出し交付を受け次でこれをXに裏書譲渡した事実によっては、本件約束手形の所持人たるXからこれが振出人たるYに対する手形上の権利行使に消長をきたすものでないと解するのは相当である。

それ故にXの請求を認容した原判決は結局正当である。」

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融通手形の抗弁と第三者・・・

最判昭和34年7月14日(約束手形金請求事件)
民集13巻7号978頁、判時193号27頁、金判529号62頁

<事実の概要>

YはA宛に約束手形3通を振り出し、Aは、そのうち本件2通の手形をXに裏書譲渡した。

これら2通の手形は、さらに、XからB銀行に、B銀行から再びXに、白地式裏書により譲渡されている。

また、Aは、本件2通の手形と同額の約束手形をYに差し入れている。

Yが本件2通の手形を満期に支払わなかったので、Xが手形金支払を求めて本件訴訟を提起した。

第1審はXの請求を認容。

Yは控訴して、本件手形は融通手形であり、Xはその事情を知って手形を取得したのであるから手形法17条但書にいう悪意の取得者に該当し、Yに手形金の請求をすることはできないと主張したが、控訴棄却。

Yは上告した。

<判決理由>上告棄却。

「いわゆる融通手形なるものは、被融通者をして該手形を利用して金銭を得もしくは得たと同一の効果を受けさせるためのものであるから、該手形を振出した者は、被融通者から直接請求のあった場合に当事者間の合意の趣旨にしたがい支払を拒絶することができるのは格別、その手形が利用されて被融通者以外の人に手に渡り、その者が手形所持人として支払を求めてきた場合には、手形振出人になんら手形上の責任を負わせない等当事者間の特段の合意があり所持人がかかる合意の存在を知って手形を取得したような場合は格別、その手形所持人が単に原判示のような融通手形であることを知っていたと否とにより異なるところはないのである。」の手形所持人は一層手厚く保護され、取引の安全に資することにもなるものと思われるのである。」

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